Astico歴史写真館

創業当時の航空写真

大変貴重でめったに見ることのない昔のガラスポジ

弊社(株式会社アスティコ)の前身である「釣鐘工業株式会社」は、昭和13年5月創業ですが、

そのまた前身の「釣鐘護謨(つりがねゴム)株式会社」時代の新聞広告です。

山陽新報(山陽新聞の前身)の大正10年1月3日付(西暦1921年)です。
この年の干支は酉(トリ)で、紙面中央上に鳥が鳴いています。賀正の文字も見えますので、新年のおめでたい様子がうかがえます。弊社の他に4社の広告が掲載されており、大久保炭鉱株式会社、有煙無煙石炭採掘販売の宗像商会。自動車部と写真部のある杉本、そして地元では有名な萬年酢の社名が見られます。業種から当時の情景が浮かぶ気がします。

ゴールドスター瀬戸内サーキットプロゴルフ大会。

1965年(昭和40年)~1972年(昭和47年)まで8回にわたり、釣鐘工業株式会社(弊社の旧社名)の主催で開催されました。

弊社の「GOLD STARブランド(ゴールドスター)ブランド」は、
テニスシューズやゴルフシューズを中心に、バレーボールやバドミントンなどのシューズも手がけ、昭和30年後半から昭和50年代後半にかけて、国内市場占有率トップを誇ったスポーツシューズブランドです。

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特にテニスシューズは、当時の皇太子と美智子様のテニスコートの出会いの話がニュースになるなど流行り始めていましたが、大変多くの愛好者がいました。おそらく、皇太子と美智子様もゴールドスターのテニスシューズを履いていたと思われるのですが、証拠写真などが存在しないため現在ネットを含めていろんな記録を調べております。

ヴァチカンのローマ法王ヨハネ・パウロ2世に謁見。ロシオを献上しました。 ↑ ローマ法王から頂いたお礼状です。サイン部分は、文書発行係りの方のサインです。山名(前)社長は、このことが大変な感動だったようで(当然ですが)、写真もお礼状も、弊社の応接室の一番良いところに飾ってあります。

イタリアには、これがきっかけで、たくさんのロシオを輸出しました。イタリアに旅行する機会があったら、ぜひロシオを探してみてください(^^ゞ

かかとのない靴でふだんの生活から鍛錬する佐々岡 選手。


佐々岡復活に向け.新兵器が功を奏し始めている。達川光男氏(元広島・野球評論家)から贈られた“歩行矯正シューズ”がそれだ。昨季は5勝17敗の大不振。背筋痛、腰痛などの爆弾を抱えるだけに「姿勢を直して再発防止を」という名物OBの、心づかいいっぱいのプレゼントだった。

佐々岡“背筋ピン”の新兵器

恒例となっている宿舎での朝の散歩のこと。背筋をピンと伸ばして歩く佐々岡の姿。足元に目を移したナインから、思わず驚きの声があがっていた。“歩行矯正シューズ”とでも名付けようか。遠目には普通のジョギングシューズと変わらないが、分厚い靴底の土踏まずからかかとにかけた部分が大胆にカットされたシロモノだ。かかとに体重がかけられないため、自然に背筋が伸びるというワケだ。

去年十二月のこと。達川氏がはいていたこの靴を見て、佐々岡が「ぜひぼくにも下さい」と申し出たのがいきさつだ。姿勢が悪いと腰への負担は大きくなる。背筋、腰に不安を持つだけに、故障防止に向けて大きな味方になることは間違いない。達川氏自身も一年間の使用で好感触を得た実績!?もある。昨季は十九年ぶりに最下位に終わった広島。OBとして寂しい思いも味わっただけに「佐々岡にはぜひやってもらわないといけないと思うしね」とエールを送っている。

「頑固だった去年までを反省して、聞く耳を持つことにした」という佐々岡。山本投手コーチ指導の下、ブルペンでもフォームのチェックにも余念がない。二年連続してキャンプ第一クールで故障。出遅れがシーズンの不調につながっただけに、“新兵器”の効果に注目だ。
(石塚)